057:剱埼灯台(つるぎさきとうだい) 神奈川県三浦市

東京湾の入口を照らす大型灯台
 

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住所:神奈川県三浦市南下浦町47
参観時間:内部見学はできない
料金:
休み:
駐車場:あり(有料)
問合:0468-88-0588(三浦市観光協会
アクセス:三浦海岸からバスで20分(剱崎行きバス乗車)、剱崎バス停から徒歩20分
     県道215号線を道なりに三浦半島東端まで行く、駐車場より徒歩5分
 

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塗色・構造:白色八角塔形コンクリート
レンズ:第2等フレネル式
灯質:複合群閃白緑互光(毎30秒に白2閃光と緑1閃光)
光度:480.000カンデラ
光達距離:17.0海里(32km)、18.0海里(km)
明弧:207度から75度
高さ :地上~灯塔頂部17m
   :平均水面上~灯火41m
     :地上~灯火
点灯年月:明治4年1月11日
 

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"幕府が江戸条約(改税条約)によって、建設を約束した8ケ所の灯台の1つ。当初はコンクリート造りで、現在の灯台は2代目となる。
かながわの景勝50選」にも指定されている剱崎の断崖の上にあり、房総半島まで見渡せる ”

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安房灯台」より海岸沿いに剱埼灯台を目指す。大根・キャベツ等の畑が続き、のどかなドライブを楽しむ。ナビが誘導する道順に沿って進むも、途中より脇道に入り、道幅も狭く心配になるがUターンもできず、そのまま行くと突きあたりのきれた所で駐車場らしき看板が目につく。

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一見、個人の畑農家の所有する空き地を駐車場にしたような小路を入ってゆくと、奥に大駐車場があり車が何台か停まっていた。料金係の人がきて、灯台を見に来た件を伝えると、磯釣りと違って一時的な駐車ということで安くしてくれた。この駐車場から5分ほど道なりに歩くと、目の前に2基の塔がそびえる。どうやら手前はレーダー基地局のようで、奥が「剱埼灯台」である。
 

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塔の高さは円筒形が太いためか、それとも同じ敷地内に同様の塔が建っているので意外に低いように感じられる。
 

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しかし、上部には参観できそうな柵もあり、登れたら良いのにと残念である。
ここの灯台は白閃光・緑閃光と2色あり、是非とも夜に来て見たいものである。

056:安房埼灯台(あわさきとうだい) 神奈川県三浦市

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住所:神奈川県三浦市三崎町城ケ島
参観時間:内部見学はできない
料金:
休み:
駐車場:あり(有料)
問合:046-888-5914(三浦市観光協会
アクセス:京急久里浜線三崎口駅から京浜急行バスで城ケ島行き終点下車、徒歩5分
     横浜横須賀道路衣笠ICから16km
 

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塗色・構造:白塔形
レンズ:式
灯質:単閃白光(毎4秒に1閃光)
光度:カンデラ
光達距離:10.0海里(18.5km)
明弧:度から度
高さ :地上~灯塔頂部11m
   :平均水面上~灯火13m
     :地上~灯火
点灯年月:昭和37年2月 日
 

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"城ケ島の東端にあり、城ケ島灯台の真反対に位置し、海岸近くの岩場に悠々と立つ。県立城ケ島公園駐車場(有料)に車を停め、良く整備された景観の美しい公園内を横切り、海岸へ降りて行く。 "

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H31年5月12日(2019)
城ケ島の西端の城ケ島灯台を後にし、ここ東端の安房灯台に寄る。城ケ島も意外と大きく歩いて行ける距離ではなかった。
城ケ島公園駐車場に車を停めて、公園に入る。公園は無料であるも駐車場は有料であった。景観の素晴らしいまるで南国を思わせる公園を横切り、公園の橋から海岸へ下る。なんと磯岸に悠々とここにありなんと白亜の灯台が立っていた。灯台といえば沿岸からも見えるように高台にあるものと思っていたが、私の常識から外れていた。
 

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ここも美しい!水ぎわといえば堤防もあるが、岩場に立つ灯台は自然との融合にて、実に調和している。灯台の周りでは、磯釣りを楽しみ灯台が身近に感じられる。海が荒れた時の姿、そして暗闇の中で煌々と照らす勇士な姿をいつか見てみたいものである。
 

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サイコロジカルラインは有効か?(テクニカル指標・短期・逆張り)

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計算期間の中で、前日比で上昇した日数が何%あるかを計算したテクニカル指標。
投資家心理の偏りを数値化し、強気になれば売り、弱気になれば買いのシグナルとする逆張りの指標。
分析に用いる日数は投資スタイルによって異なるが、過去12日間のデータを用いるのが一般的。(8日・22日計算の場合もある)
Psychological(「心理的な」)という名前の通り、 投資家心理を数値化した指標である。
サイコロジカルラインは短期のタイミング捉える手法として効果的である。
  
サイコロジカルライン=(12日間の中で前日比プラスの日数)÷(12日間の日数)×100
前日比変わらずの日は、前日がプラスであればプラスの日に加える(逆に前日がマイナスであればマイナスの日に加える
前日比変わらずの日は、勝ちとして計算するケースもある。
一般的には
75%以上(9勝3敗)で買われすぎ
25%以下(3勝9敗)で売られ過ぎ と判断される。
 
サイコロジカルラインの考え方に上昇幅、下落幅を組み入れた手法がRSIである。
 
下記表は12日の一般スタイルであるも、結論としては全く無視できないものの、タイミングとして指標に頼ることは絶好の買い場、売場の機会を逃すことになりかねない。
また、5日指標では乱高下が激しく、トレンドとしてよりはスイングとしての参考にとどめる程度になる。
このほか、勝敗率を何通りか検証するもどれも似たような状況で、他のテクニカル指標との組み合わせから除外するこにした。

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逢えるかも知れない ジェームス三木(著)340円 集英社文庫 昭和61年6月25日(1986年) 初版発行

一人の青年が丹沢山で記憶喪失の状態で発見された。手掛かりは素晴らしい迫力のトランペットと流暢な英会話ー。親切な江田刑事と娘ミズエの助けを受けながら、青年の過去を求める単独行が始まった。だが、行く手を阻む黒い魔手、そしてその向こうに見えかくれする大実業家夫人の不可解な動き・・・。愛することの切なさと歓びを見事に讃う長編サスペンス・ロマン。
 
目次
1、プロローグ
2、消え失せた過去
3、ヘイ!バード!
4、誰かが狙っている
5、旅の宿り
6、父と娘
7、過去への橋
8、傷跡
9、ブルー・ノート
10、愛に似て
11、招待
12、からみ合い
13、断崖
14、拒絶
15、深まる闇
16、罪
17、過去は過去をして語らしめよ
18、逆転
19、失われたものへの旅
20、顔の無い鳥のブルース
 
あっという間に読み切ってしまった。話の展開が実に早く、テンポの良さに引き込まれていた。そして読み終えた今、何とも言えない温もりを残す余韻に浸っている。著者が脚本家だからなのか、読みながらまるでドラマのような映像が浮かんで来る。まだ、他の作品は読んだことがないが、連続テレビ小説澪つくし」、大河ドラマ独眼竜政宗」を輩出した経緯から考えれば、それも当然なのだろう。
昭和61年の作品にしても、全然時代的遜色を感じさせない。それだけに今読んでも面白。
実はこの本は、今から10年前にも一度読んでいる。再読にはなるが、ストーリーは全く覚えていなかった。それだけに新鮮さを感じて読むことができた。
 

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投機 三好徹(著) 集英社文庫 320円 昭和57年10月25日(初版発行)

「ヨタ記事をかましてくれないか」 支局への異動が内示され、くさっている経済部記者・益山は、証券界の一匹狼・加地から頼まれた。謝礼は一千万円。プロモーターは思わず胸のときめく美女。
益山の流したニセ情報で、株価は一挙に暴落した。一獲千金の夢は成功したかに思えたが・・・。己の持てる能力の全てを賭け兜町で戦う男を描く経済小説
(この作品は昭和53年6月、実業之日本社より刊行された)
 
目次
Ⅰ 欲望の街
Ⅱ 欲望の賭け
Ⅲ 盗まれた欲望
Ⅳ 欲望の死角
Ⅴ 残酷な欲望
Ⅵ 欲望の分けまえ
Ⅶ 終わりなき欲望
 
実に面白い。初版昭和57年というから今から37年前になる。今と違い市場にコンピューターが導入されてまだ日が浅い頃だっただろうか。
その頃、まだ私は証券会社に勤務し日々顧客に株の売買を勧めていた時代である。この頃はこの本の様に市場はある意味、風評というか仕手絡みの銘柄戦が多かったような気がする。故にこの本は面白いのである。今では到底考えられないことだろう。AIが主導しリスク回避で自動売買を繰り返す。板読みにしてもPCが支配し、寄付き1秒前にそれまでの気配を吹き消し、瞬時に何百回の注文を差し替える。これでは個人は勝てない。そして、証券会社の営業は手数料収入というノルマに否応なく顧客に売買を勧める。また一方で顧客の信用口座を借りて手張りをし、それが発覚して辞めて行ったセールスを何人もみた。
私の持論として、「株はギャンブル」と言い切る。それ故にメンタル、言い換えれば博才も必要となる。博才を持っているために、自分で相場を張ってみたくなる。そして会社にバレて辞めて行く。
さて本題の感想であるが、今読み返してみると実に時代背景を映しだしている。まだ携帯の無い時代である。情報の収集も個人で集めるのは難しく、短期売買においては株で儲けるにはどちらかと言うと玄人投資家であったと思う。博才が必要でまた資金力・緻密な推理等、あらゆる展開に読んでいて時代が変わってもグイグイ引き込まれてしまう。
 

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第42番「増上寺」念仏のこころと東京タワー(東京都港区)

住所:東京都港区芝公園4-7-35 TEL:
拝観料:円(大人) 無休
拝観時間:
 

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正式名:三縁山広度院増上寺
開基:聖聡
寺格:
 

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楼上には「三縁山」と彫られた扁額が掛けられている。三縁山という山号は「親縁」「近縁」「増上縁」を明かす、という唐の僧、善導の教えにもとづいているという。
この寺は徳川家の菩提所となってから四百年余り、楼上につくられたお堂には釈迦三尊像十六羅漢像が安置されていた。浅草寺は徳川家の祈願所である。そして、上野にある寛永寺がもう一つの徳川家の菩提所。つまり、日光東照宮に祀られる家康と輪王寺の三代家光、谷中墓地に眠る十五代慶喜を除く歴代の将軍はこの増上寺寛永寺に葬られていることになる。増上寺に眠る将軍は二代将軍秀忠、六代将軍家宣、七代将軍家継、九代将軍家重、十二代将軍家慶、十四代将軍家茂の六人となる。
浄土宗は「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば必ず救われると教える。浄土教はひとつの思想、浄土宗はひとつの宗派である。浄土宗は法然によって開かれたひとつの宗派である。法然比叡山延暦寺で善導の著した書物と出会い、念仏や浄土への理解を深めていった。そして、ついに延暦寺を離れる決意をした。浄土宗を開いたのは法然四十三歳のときである。
法然は「易行念仏」の教えを広めていく。「人生での救いを必死で求sめる人々に、ただ一筋に仏を信じて念仏しなさい」と説いた。既存の宗教勢力は念仏を禁じ、法然やその弟子、親鸞流罪に処した。
晦日増上寺の境内では除夜の夜半を迎えるとき、参拝に訪れた全員で新年までの十秒間をカウントダウンする。(百寺巡礼:五木寛之より)
 

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東京タワーへは何度も訪れてはいたが、ここ増上寺は隣にあるも今回初めての訪寺となる。築地本願寺より歩いて45分、暑い日差しのなか途中、休憩をとりながらようやくたどり着いた感がある。築地本願寺があまりにも斬新な建物であっただけに何かほっとする。あいにく正門の三解脱門は修復中の為か、屋根部分以外は覆い隠され全容をみることは出来なかったのは残念であった。
 

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この三解脱とは三つの煩悩「むさぼり・いかり・おろかさ」をいうとのこと。門をくぐり右側に鐘楼堂があり、正面には大殿が構えている。昭和49年(1974)、浄土宗大本山の念仏の根本道場は戦災に遭い焼失した本堂が再建されたとのこと。
 

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都会の中心にあって横に目を向けると東京タワーがそびえ、近隣にはプリンスホテルがる。景観として異質であるも現代に根づく共存を感じさせるお寺であった。
 

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第43番「築地本願寺」埋立地に立つエキゾチックな寺院(東京都中央区)

東京都中央区築地3-15-1 TEL:03-3541-1131
拝観料:なし 無休
拝観時間:4月~9月6:00-17:30 10月~3月6:00-17:00
アクセス:日比谷線「築地」駅下車、徒歩1分
 

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開基:准如
寺格:
 

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墓地の片隅に「俱會一処」と書かれた石塔を見つけた。本願寺のはじまりというのは京都の大谷の地に建てられた親鸞聖人を祀る粗末な碑である。それは周りを石柱で囲んだだけの簡素な墓だった。その後、親鸞の末娘の覚信尼が墓の体裁を整え、門徒たちが整備して廟堂となっていく。俱會一処とは「ともに浄土にまみえん」という意味。死んだのちは先にあふれた浄土に迎えられるのだという、浄土真宗の思想にもとづく表現である。
 

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織田信長の時代、本願寺教団は信長と激しく対立した。十年余りの闘いをへてようやく和議を結ぶ時、信長が要求したのは石山本願寺の明け渡しだった。その明け渡しをめぐって門徒は二つに分かれてしまう。明け渡しに賛成したのが現在の西本願寺であり、反対したのが東本願寺である。時代をへて、家康は東本願寺を厚遇し、秀吉の息がかかった西本願寺を冷遇する。その後、家康が没して間もなく西本願寺は幕府から許可を得て、江戸に寺を造営出来た。
 

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築地本願寺は江戸時代の漁師によって、海上につくられた土地に産声を上げ、門徒たちと手をたずさえ歴史を刻んできた。
明治末には抜きんでた二つの才能が出会い、類まれな建築を生み出した。現在の本願寺は日本で最も先進的な磁場に立つ寺院のひとつとして人々に門徒を開いている。
(百寺巡礼:五木寛之より)
 

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何と斬新な建物であろうか!これがお寺なのか?私の中のお寺のイメージが根底から崩れおちる。本山である京都の西本願寺とは全く別の建物で何と表現して良いのか言葉に詰まる思いである。
正面左の敷地は工事中の為か、壁で遮断され全容は見えぬが広大な立地の中に本殿が、それも美術館のような、トルコの寺院のような風貌が建つ。入って右側には親鸞像があり、ここが浄土真宗のお寺であることを示している。本殿にはお寺では見たことがない立派なパイプオルガンもあり、月に一度ランチタイムに演奏されるという。
 

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