第4番「唐招提寺」鑑真の精神が未来へ受け継がれていく(奈良県奈良市)

住所:奈良県奈良市五条町13-46 TEL:0742-33-7900
拝観料:800円 駐車場:
拝観時間:8時30分〜16時30分
アクセス:近鉄西ノ京駅から徒歩10分

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正式名:
山号:なし
宗派:律宗
本尊:盧遮那仏(国宝)
開基:鑑真
寺格:総本山
創建年:天平宝子3年(759)
別称:
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唐招提寺は「鑑真和上」のお寺である。井上靖氏の歴史小説天平の甍」を読んで、鑑真のことを知ったという人も多いだろう。鑑真以外にも異国から来た僧は少なくない。しかし、彼ほど日本人に崇敬された人は他にはいないだろう。唐招提寺には鑑真の墓所があるが、広くて立派なものだ。
天平5年(733)、普照と栄叡という日本の僧が、遣唐使船に乗って唐へ旅立った。彼らの目的は、唐から日本へ戒師と戒律の専門家を招くことだった。鑑真は五十代半ばで、中国律僧の第一人者として尊敬されていた。鑑真は自分の弟子たちに、誰か日本へ行く者はいないか、とたずねた。しかし、一人も名乗り出る者がいない。ついに鑑真は、それなら私が行くと言い、自ら日本へ旅立つ決心をする。
鑑真は五度の渡航に失敗して挫折をくり返すが、五度目の渡航のときに海南島へ漂流し、潮風のために目を傷めてしまう。その後、失明しながらも、鑑真は日本を目指した。そして、六度目の渡航でようやく九州の薩摩に漂着する。
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日本に着いた鑑真は、聖武太上天皇をはじめとする四百四十人あまりに、東大寺で受戒する。そして、天平宝子3年(759)、律を研究するための寺を創建した。それが、唐招提寺である。開祖の鑑真和上坐像は日本の肖像彫刻のなかでもっとも古く、もっとも優れたもの、と評されている像である。(百寺巡礼:五木寛之より)

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未訪寺